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自己理解と他者理解について

先日、「自己理解と他者理解について」というテーマで、ディスカッションを行いました。自身を知ることと、他人を知ることは表裏一体であり、他者への理解は思わぬところで自己の理解へとつながることがあるかと思います。

メンバーには心理学を専攻する学生の方も数名いたのですが、彼らは大学に入るとまず、「自分は○○である」というように、自分が何者かを20項目ほど書き出す、ということをするらしい。そうやって自己理解の訓練をするのだと。というわけで、最初にみんなでそれをやってみようということに。

「自分は男である」とか、「日本人である」とか書きゃいいんだし、20個なんざ楽勝だろ、と正直ナメくさっていたのですが、始めてみると案外出てこない。ペンを持って紙に向かうと、色々考え込んでしまうんですな。終わってみれば、20個書ききったのはたったの2名。どちらも難しいことは何も考えてない、ちゃらんぽらんな奴らですよ。うち1人が私ですが。

ともあれ、学生さんいわく、考え抜いて書き出すことになる後々の項目こそ、自己の本質により近いのではないか、と。逆にいえば、最初の方に書き出した項目は、他者に向けた表層的な自己なのかもしれません。自分の書いたものを見るとそんな気がしました。その後、書き出したものから5項目ほど選んで自己紹介という謎の羞恥プレイへ。やめろ。

次に話題は他者理解のことへと。他者を理解するとは、どういうことでしょうか。どこからが他者理解なんでしょうか。

いうたって他人のことを100%理解することは不可能でしょう。多分。ただ、相手の立場に立って、価値観を受け入れることはできます。他者を理解しようとする意識こそが他者理解といえるのではないか、という意見も出ました。

それでは結局の所、なぜ自己を理解し、他者を理解する必要があるのでしょうか。私たちが社会を形成し、共存していく上で不可欠といえるのがコミュニケーションです。これを円滑にし、自分や相手が必要以上に傷つかないために、自己理解・他者理解は有効といえるでしょう。もちろん、それは実際にコミュニケーションの場で試行錯誤していくしかありません。ですが、脱ひきへの一歩を踏み出したい方でも、まず自己を理解するところから始めてみるのもいいかもしれません。

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